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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)10558号 判決

原告(第六二号事件原告・第一〇五五八号事件被告・第四三二四号事件原告) 国

被告(第六二号事件被告・第一〇五五八号事件原告・第四三二四号事件被告) 株式会社三井銀行

主文

一  原告が、

(一)  東京法務局昭和四九年度証第七九一号をもつて訴外殖産住宅相互株式会社の供託した別紙第一物件目録記載の株券

(二)  同法務局昭和四九年度金第八六五一四号をもつて右会社の供託した金四三五万一四一〇円

(三)  同法務局昭和五〇年度証第五五七号をもつて右会社の供託した別紙第二物件目録記載の株券

(四)  同法務局昭和五〇年度金第六四九二四号をもつて右会社の供託した金一三一三万三六三七円

につき還付請求権を有することを確認する。

二  被告が別紙請求権目録(一)、(二)記載の請求権につき質権を有することを確認する。

三  被告のその余の請求を全部棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(昭和五〇年(ワ)第六二号事件・昭和五一年(ワ)第四三二四号事件)

一  原告

1  主文第一項と同旨

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(昭和五〇年(ワ)第一〇五五八号事件)

一  被告

1  被告が別紙請求権目録(一)ないし(四)記載の請求権につき質権を有することを確認する。

2  被告が、

(一) 東京法務局昭和四九年度証第七九一号をもつて殖産住宅相互株式会社の供託した別紙第一物件目録記載の株券

(二) 同法務局昭和四九年度金第八六五一四号をもつて右会社の供託した金四三五万一四一〇円

(三) 同法務局昭和五〇年度証第五五七号をもつて右会社の供託した別紙第二物件目録記載の株券

(四) 同法務局昭和五〇年度金第六四九二四号をもつて右会社の供託した金一三一三万三六三七円

につき還付請求権を有することを確認する。

3  訴訟費用は、原告の負担とする。

二  原告

1  被告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二昭和五〇年(ワ)第六二号事件・昭和五一年(ワ)第四三二四号事件請求の原因

一  原告の訴外東郷民安に対する租税債権

1  訴外東郷民安は、昭和四五年分ないし昭和四七年分の所得税につきそれぞれ期限内に目黒税務署長に対し確定申告書を提出したところ、昭和四八年一〇月五日右税務署長より前記三年分の所得税につき次のとおり納付すべき国税を増額する更正処分を受け、同税務署長は、その納期限を国税通則法三八条一項五号により同日午後三時に繰り上げ納付の請求をしたうえ、徴収の権限を東京国税局長に引継いだ。

昭和四五年分所得税 更正処分 本税三〇二万七二〇〇円

同 加算税賦課決定処分 重加算税九〇万八一〇〇円

昭和四六年分所得税 更正処分 本税三〇九万八六〇〇円

同 加算税賦課決定処分 重加算税九二万九四〇〇円

昭和四七年分所得税 更正処分 本税二九億八八二万三七〇〇円

同 加算税賦課決定処分 重加算税 八億七二六四万六九〇〇円

ところで、東郷が右更正処分を受ける以前である同年七月二日右税務署長は、同人に対する昭和四七年分所得税について、国税徴収法一五九条に基づき保全差押金額三七億二七四〇万二〇〇〇円の決定を行い、その徴収の権限を同日東京国税局長に引継いだ。

2  また同年六月一五日ころ、同税務署長は東郷に対し昭和四八年分所得税予定納税基準額並びに第一期及び第二期において納付すべき予定納税額(第一、二期分とも金二二七万一七〇〇円)を通知し、第一期分については同年一一月一四日、第二期分については昭和四九年一月一九日それぞれ徴収の権限を東京国税局長に引継いだ。

東京国税局長は、その後昭和四七年分所得税本税のうち、合計金四億八三〇四万二一六五円を徴収したので、右所得税本税滞納額は金二四億二五七八万一五三五円となつた。

3  右の経緯により原告は、東郷(以下「滞納者」ともいう)に対し、昭和四九年二月二三日現在において、別表一記載のとおり合計金三五億四一一六万〇九一二円の納期限を経過した租税債権を有するものである。

二  原告の株式に対する差押処分

滞納者は、別表二記載のとおり訴外殖産住宅相互株式会社(以下「殖産住宅」という)の株式三四四万六四六六株を所有し、そのうち、No. 1ないしNo. 126 までの株式三一四万五三五七株(以下「親株」という)につき、被告のためにいわゆる略式質の方法により質権を設定していたが、原告は昭和四八年七月一一日から同年一一月一九日までの間に、滞納処分のため、右質権の目的となつている株式を含む全株式を差押え、現に占有中である。

三  原告の利益配当請求権及び新株無償交付請求権等に対する差押

(1)(一)さらに原告は、滞納者の前記滞納税金を徴収するため、昭和四九年二月二三日、前記親株にかかる株主総会の決議を条件として発生する利益配当請求権(以下「確定前の利益配当請求権」という)のうち、第三〇期(昭和四八年四月一日から同四九年三月三一日までの事業年度)、第三一期(同年四月一日から同五〇年三月三一日までの事業年度)、第三二期(同年四月一日から同五一年三月三一日までの事業年度)の三期分を差押え、同日債権差押通知書を第三債務者である殖産住宅に送達した。

(二)  殖産住宅は、昭和四九年二月一五日の取締役会において、準備金の一部を資本に組入れ、同年三月三一日現在の株主に対し一株につき〇・三株の割合により新株を無償で割当交付する旨の決議を行つたので、滞納者は親株の株主として、右株式に割当てられた新株の無償交付請求権及び端数株処理分配金(以下「端株分配金」という)請求権を取得した。

(三)  そこで原告は、同年二月二六日前記滞納税金を徴収するため、右新株無償交付請求権及び端株分配金請求権を差押え、同日債権差押通知書を第三債務者である殖産住宅に送達した。

(四)  他方、滞納者は、右差押前の同年二月一八日被告に対し、前記略式質の目的となつている株式のうち、二八五万二八五七株にかかる確定前の利益配当請求権を譲渡し、同日、その旨を殖産住宅に通知した。

(五)  そして、割当日である同年三月三一日の経過により、確定前の利益配当請求権のうち第三〇期分については同年五月二八日の株主総会の決議により、親株につき滞納者が割当交付を受けるべきものは、次のとおり確定した。

(1)  利益配当金 六〇三一万三一五四円

(2)  新株無償交付請求権 一〇三万三九三九株

(3)  端株分配金 四七二円

(六) しかるに、殖産住宅は、

(1)  前項(1) 記載の利益配当金について、被告に対し、前記(四)の債権譲渡にかかる分の配当金四二四三万六二四八円(源泉所得税控除後の金額-以下同じ)を支払い、原告に対しては略式質の対象となつていない三〇万一一〇九株(同目録No. 127 ないし252 記載の株式)分の配当金四四七万八九九六円を支払つたのみで、残りの二九万二五〇〇株分金四三五万〇九三八円については原告の差押と被告の略式質との優劣に争いがあつて債権者を確知しえないとして、前項3の端株分配金四七二円と併せ同年九月一七日次のとおり供託した。

供託所 東京法務局

供託番号 昭和四九年度証第八六五一四号

供託金額 金四三五万一四一〇円

被供託者 東京国税局または被告

(2)  また前項(2) 記載の新株については、原告に対し九万〇三三二株を引渡したが、略式質の対象にかかる分別紙第一物件目録記載の新株九四万三六〇七株を右同様の理由をもつて右同日次のとおり供託した。

併託所 東京法務局

供託番号 昭和四九年度証第七九一号

被供託者 東京国税局または被告

2(一) 殖産住宅は、さらに昭和五〇年二月二四日取締役会において、準備金の一部を資本に組入れ、同年三月三一日現在の株主に対し一株につき〇・二株の割合により新株を無償交付する旨の決議をした。滞納者は、親株及び前記無償新株一〇三万三九三九株の株主として、殖産住宅に対し右株式に割当てられる新株の無償交付請求権を取得した。

(二) そこで原告は、同年四月一日、前同様、滞納者に対する滞納処分として右新株無償交付請求権を差押え、同日債権差押通知書を第三債務者である殖産住宅に送達した。

(三) 割当日である同年三月三一日の経過により、また確定前の利益配当請求権のうち第三一期分については同年五月二八日の株主総会の決議により、親株及び前記新株につき、滞納者が割当交付を受けるべきものは次のとおり確定した。

(1)  利益配当金(四四八万〇四〇五株分)四七六〇万四三〇四円

(2)  新株無償交付請求権 八九万六〇八一株

(四) しかるに、殖産住宅は、

(1)  前項(1) の利益配当金について、被告に対し、前記債権譲渡にかかる分の配当金三〇三一万一六〇六円を支払い、原告に対しては、略式質の対象となつていない三九万一四四一株分の配当金四一五万九〇六一円を支払つたのみで、残りの一二三万六一〇七株分金一三一三万三六三七円について、前同様の理由により同年八月一九日次のとおり供託した。

供託所 東京法務局

供託番号 昭和五〇年度金第六四九二四号

供託金額 金一三一三万三六三七円

被供託者 東京国税局または被告

(2)  前項(2) の新株については、原告に対し七万八二八八株を引渡したが、残りの略式質の対象にかかる分別紙第二物件目録記載の新株八一万七七九三株について、右同様の理由をもつて前同日次のとおり供託した。

供託所 東京法務局

供託番号 昭和五〇年度証第五五七号

被供託者 東京国税局または被告

四  結論

原告は、右差押によつて前記新株無償交付請求権、端株分配金請求権及び利益配当請求権につき、それぞれ取立権を取得したのであるから(国税徴収法六七条参照)、殖産住宅が供託した株券及び供託金の還付を受ける権利を有するところ、被告はこれを争うので、原告が各供託株券及び供託金の還付請求権を有することの確認を求める。

第三昭和五〇年(ワ)第六二号事件・昭和五一年(ワ)第四三二四号事件請求の原因に対する被告の認否

一  請求の原因第一項1、2は不知。同3は争う。

二  同第二、第三項は認める。

三  同第四項は争う。

第四昭和五〇年(ワ)第一〇五五八号事件請求の原因

一  被告の親株に対する略式質

1  被告は、訴外東郷民安に対する貸金債権三九億一三〇〇万円の担保として、国税の納期限前である昭和四八年二月二八日から同年六月一一日までの間、五回にわたり、同人所有の殖産住宅の株式四七三万二三七一株(別表二記載No. 1ないしNo. 126 までの三一四万五三五七株を含む)につき、いわゆる略式質の方法により質権の設定を受け、右株券の交付を受けて占有していた。

2  ところが原告は、昭和四八年七月一一日、国税徴収法に基づき被告の占有にかかる右株券を差押え、昭和四九年二月一四日右株券に対する被告の直接占有を解いてこれを他に搬出したが、搬出後の右株券の占有は、原、被告間においては、原告は被告のためこれを代理占有しているものである。

二  被告の新株無償交付請求権等に対する仮差押

1  殖産住宅は、原告主張のとおり、昭和四九年及び同五〇年に商法二九三条ノ三の規定により準備金の一部を資本に組入れることとし、株主に対し新株を無償交付する旨の決議をした。

そこで被告は、前記質権に基づく物上代位権行使のため、株式交付前である昭和四九年三月一二日、略式質の対象である三一四万五三五七株に対し割当てられる新株九四万三六〇七株並びに端株分配金四七二円の請求権を仮差押した。

2  さらに被告は質権者として、物上代位権を行使し、株式交付前の昭和五〇年二月一九日、右新株との合計四〇八万八九六四株に対し割当てられた新株八一万七七九三株の無償交付請求権を仮差押した。

3  原告は、その主張のとおり、右新株無償交付請求権及び端株分配金請求権を国税徴収法に基づき差押したため、殖産住宅は、昭和四九年九月一七日、原告主張のように別紙第一物件目録記載の新株九四万三六〇七株及び端株分配金四七二円を供託した。また昭和五〇年八月一九日、原告主張のとおり別紙第二物件目録記載の新株八一万七七九三株を供託した。

三  被告の利益配当請求権に対する仮差押

1  被告は、質権に基づく物上代位権行使のため、昭和四九年三月一二日、別表二記載No. 41ないしNo. 126 までの二九万二五〇〇株に対する東郷の有する第三〇期利益配当請求権をその支払前に仮差押した。

2  さらに利益配当金支払前である昭和五〇年二月一九日、殖産住宅株式一二三万六一〇七株に対する東郷の有する第三一期利益配当請求権を仮差押した。

3  ところが原告は、主張のとおり、右利益配当請求権を国税徴収法に基づき差押したため、殖産住宅は、昭和四九年九月一七日、第三〇期利益配当金四三五万九三八円を供託し、さらに昭和五〇年八月一九日、第三一期利益配当金一三一三万三六三七円を供託した。

四  結論

被告が本件の各新株無償交付請求権、端株分配金請求権並びに利益配当請求権に対し質権を有することは明らかであり、右請求権につきなした原告の差押処分は無効であるから、右差押によつて被告の質権の行使が妨げられることはない。

したがつて、被告は、質権者として右各請求権の上に質権を有するものであり、また殖産住宅の供託した本件株券並びに供託金につき、それぞれ還付請求権を有するものであるところ、原告はこれを争うので、被告が右質権を有すること並びに還付請求権を有することの確認を求める。

第五昭和五〇年(ワ)第一〇五五八号事件請求の原因に対する原告の認否

一1  請求の原因第一項1のうち、貸金額は不知、その余は認める。

2  同2は認める。

二  同第二、第三項は認める。

三  同第四項は争う。

第六被告の法律上の主張

一  本件差押の無効

1  訴外東郷民安に対する課税処分は無効であるから、原告国の同人に対する租税債権は不存在であり、これを実現するためにされた本件滞納処分は無効というべきである。すなわち、原告は、東郷が昭和四七年度所得税申告に際し、その年度の所得三八億九八八八万五一三四円を逋脱して申告し、右所得にかかる所得税を脱税したことを主たる理由として本件差押をなしたものであるが、その申告逋脱があるものとした同人の所得とは、昭和四七年度中における有価証券譲渡による雑所得三八億九二一三万三二五九円と株式配当収入のうち申告脱漏による配当所得六七五万一八七五円である。なお、原告は、同人の同年中における有価証券取引回数は合計一四五回、その株式の合計は二二一一万四四九二株と認定した。

2  ところで、有価証券譲渡については、営利を目的とし、その売買の回数が五〇回以上であり、かつその売買をした株式又は口数の合計が二〇万以上である場合に限り所得税が課せられることになつている(所得税法九条一項一一号イ、所得税法施行令二六条一、二項)。

3  しかし、原告が東郷の取引と認定したもののうちその大部分の一一一回は、同人の取引ではなく、同人の所得税違反被告事件において刑事判決(乙第六号証)が認定したとおり、同人が代表取締役をしていた殖産住宅又は東郷の家族自体の取引であることが明らかであり、又脱漏したとする配当収入もその大半が同人の所得に帰属すべき収入ではない。したがつて、原告の認定には甚だしい誤りがある。

4  本件課税処分の違法は、本来東郷の課税取引或いは配当収入とすべきでないものを調査を尽くさず同人の課税対象取引又は配当収入としたことにあり、かつその有価証券取引全体を眺めれば、その大部分は殖産住宅の株式公開に際してなされた殖産住宅株の取引であつて、当時東郷が同社の代表取締役社長であつた点及び同会社の株式買占めや、乗取り問題が世上顕著に問題とされていた点等に鑑みれば、東郷名義の取引につき何らかの特別事情の存在が十分推測でき、課税職員が右特別事情の有無を調査の対象にすれば、容易に右が東郷自らのための営利を目的とした取引でないことが明瞭になつたはずである。しかるに原告は、通常行うべき調査を怠り、その結果課税すべきでないことが明らかな取引ないし配当収入を課税対象取引ないし課税配当所得とみなして課税処分をなし、これに基づく滞納処分として本件差押をしたものであるから、本件差押の違法は重大かつ明白である。したがつて、本件差押は当然無効であり、公定力を有する行政処分ということはできない。

二  新株無償交付請求権等に対する被告の質権

仮に本件差押が有効であるとしても、被告は、新株無償交付請求権並びに端株分配金請求権につき原告に対抗しうる質権を有し、かつ供託にかかる株券並びに端株分配金の還付請求権を有するものである。

1(一)  準備金の資本組入れに伴う新株の無償発行は、発行済株式数は増加するが会社財産に全く増減がない。故に、株主としては所有株式数は増加するが、その合計株式の価値はそれまで所有していた株式の価値と同じといわざるをえず、株主にとつて右新株の発行は会社による親株の価値の強制的分割とみることができる。株式の質権は元来質物の全価値を目的とする担保権である以上、会社による一方的な新株無償発行の措置により、その質物の価値を強制的に減少せしめられるいわれはなく、当然のことながら、質物の価値減少の所産である新株上に右親株の質権が存する筋合である。商法二〇八条はこの当然の事理を明文化したにすぎず、抵当権者を保護するため特別に設けられた規定ではないし、又、右効力が登録質と略式質に共通して両者にその差異のないことは条文上の解釈からいつても当然である。

親株上の質権の効力がそのまま新株上に存することが事理の当然であるとすると、親株の質権者は、質権者として差押等の手続を要せずして直接会社に対し、その新株の交付を請求することができ、しかも、その請求権に親株の質権と同等の優先権を与えるのでなければ、会社による親株の価値の強制的分割の結果、親株上の質権者は故なくその保有する交換価値の一部を消滅せしめられる結果となり、不合理極まりなく、到底これを認めえないところである。したがつて、親株に質権が設定されていれば、条理上その質権の効力として、質権設定と同時にその株式につき将来発生すべき無償新株交付請求権上に法律上何らの手続を要せずして、当然債権質が設定され、右債権質は法定債権質として親株に対する質権と同等の優先権を持ち、爾後右請求権上に行使されるすべての権利に対抗しうるものと解すべきである。換言すれば、一度新株交付請求権が具体化すれば、その質権者は右債権質権を行使して、直接会社に対し新株の交付を請求しうるのであつて、他の債権者の差押があつたからといつて、右請求権の行使を妨げられるものではない。ただ右請求権行使にあたつては、登録質権者及び会社から予め親株に対する質権設定を承認されている質権者は、質権者たることを証明せずしてこれをなすことができ、右以外の略式質権者においては会社に対し、質権者たることを証明して、右請求権を行使しなければならない差があるにすぎない。

ちなみに、登録質については商法二〇九条第三、四項において右に述べた条理を明定しているが、右は質権の効力を登録質において確認するため規定したものというべきであつて、登録質に限つて、かかる特権を付与する趣旨で規定されたものではない。

(二)  本件において、被告が親株のいわゆる略式質権者であることは前記のとおりであるところ、右質権設定当時、殖産住宅から質権設定につき承認を受けていた。

したがつて、被告は本件の各新株無償交付請求権等(以下、端株分配金請求権を含む)の上に法定債権質を有し、右債権質は親株に対する被告の質権と同等の優先権を有するところ、親株に対する被告の質権は、原告の国税債権の法定納期限等以前に設定され、国税に優先するから、本件の各新株無償交付請求権等に対する被告の法定債権質もまた原告の国税債権に優先し、右質権をもつて原告に対抗しうるものと解すべきである。

また、被告は右質権行使のため、殖産住宅に対し、直接新株並びに端株分配金の交付を請求することができるものと解すべきであるから、本件供託にかかる株券並びに端株分配金の還付請求権を被告が有することは明らかである。

2(一)  仮に略式質一般について右に述べた効力が認められないとしても、親株に対する質権設定の際、会社から承認を受けた質権については、略式質といえども登録質と同様に前記効力が認められるものと解すべきである。ここに承認とは、質権者としての実質的権利を認める趣旨にとどまらず、質物の価値実現のため将来発生するすべての無償新株交付請求権の上に包括的に債権質が設定されていることを予め一括して承認した趣旨も含まれていると解すべきである。

(二)  本件において、被告は、殖産住宅から昭和四九年二月二一日確定日付ある書面で親株に対する質権の設定につき承認を受けている。

したがつて、被告は本件の各新株無償交付請求権並びに端株分配金の上に当然に債権質を取得したものであるところ、原告の右請求権に対する差押はこれに遅れるから、被告の右請求権に対する債権質は原告に対抗しうる。かつ右権利行使のため、被告は、会社に対し直接新株並びに端株分配金の交付を請求しうるものと解すべきである。

3  略式質に基づく新株無償交付請求権等に対する物上代位権の行使は、質権者において直接会社に対し新株の交付を請求することができず、民法三〇四条により差押をすることが必要であるとしても、以下に述べるとおり、被告は、本件新株無償交付請求権等に対する質権をもつて原告に対抗することができる。

(一) 留置権を除く担保権の本質は、目的物自体の把握にその目的が存するものではなく、目的物の交換価値を把握してこれをもつて優先弁済に充てる権利である。したがつて、目的物が何らかの理由によつてその交換価値を具体化した時は、担保物権が、この上にその効力を及ぼすものであることは、むしろ当然のことというべきである。換言すれば、いわゆる物上代位権は担保権そのものを別の角度から見た名称にすぎないものであつて、担保権から切り離された別個の権利であるわけではない。

しかして、物上代位権の行使に差押が必要とされるのは、目的物を特定して債務者の財産との混同を避け、かつ債務者の処分及び第三債務者への弁済を禁止して目的物の滅失を防ぐためである。

(二) してみると、物上代位権行使のための差押は必ずしも担保権者自らする必要はなく、第三者の差押をもつて足りるものと解すべきである。とりわけ、本件のように新株無償交付請求権等に対し国税徴収法に基づく差押がされた場合には、右差押は、被告の親株に対する質権が右請求権に及ぶことを承認したうえなされた差押と解すべきである。

けだし、国税徴収法は国税の滞納処分その他の執行につき必要な事項を定めるとともに私法秩序との調整を図ることを目的として制定された法律であつて、その調整原理は衡平の一言につきる。しかして、同法は国税と質権抵当権等の担保権との調整に関しては、原則として、国税の法定納期限等を基準とし、右以前に設定された担保権は国税に優先する建前を採つているが、担保権の代位物と国税との調整に関しては、わずかに同法五三条二項において、担保物上に付された保険(共済)の取扱いにつき調整規定が存するに過ぎない。

ところで、同法五三条二項は保険に付されている財産に対する差押の効力に関し、財産に対する差押は保険金を受ける権利に及ぶとし、右財産が抵当権、質権又は先取特権の目的となつていたときは、徴収職員がその保険金を受領した場合、その支払を受ける前に物上代位に基づく差押があつたものとみなし、右規定が担保権者自らによる差押のみならず、他の債権者による差押によつても代位物上に担保権本来の優先権を保有しうる旨の学説に立脚し、立法上の解決を図つたものであることは明らかである。しかして、保険金は本来担保権の代位物とはいいがたく、正しくは、保険料の対価であるに過ぎないところ、かかる厳格には代位物といいがたい保険金につき、担保権者が自ら差押えることを要しないとした。にもかかわらず、本件のように本来代位物というよりも担保物の価値の分割物ともいうべき新株につき、質権者自らが他に先んじてこれを差押えることを必要と解するのは、著しく衡平を欠き、少なくとも本件に関しては保険金と同等の取扱が認められなければ衡平の原則は保持されないというほかない。したがつて、本件においては、右五三条二項が類推適用さるべきものである。

(三) 略式質に基づく物上代位権の行使には、質権者自ら民法三〇四条に従い払渡又は引渡前に差押をなすことを必要とすると解しても、被告は前記のとおり、本件新株無償交付請求権等を、東郷に引渡される以前に仮差押しているものである。

物上代位権行使の要件である差押は前記のとおり目的物を特定し、その消滅を防ぐことにあるから、その本質は、むしろ権利保全のための仮差押の性質を有し、また右差押が債務名義を要しないことを考慮すれば、担保権者のする物上代位権行使のための差押は仮差押をもつて足りるものというべきである。

しかして、物上代位権は、目的物の交換価値を把握していた担保権が、何らかの理由により右交換価値が現実化した際にこれに及ぶ当然の効力である。したがつて、その公示方法は原担保権の公示で十分であつて、物上代位権行使のための差押をもつて対抗力を取得する公示方法と解すべきではない。民法三〇四条は払渡又は引渡前の差押を要求しているが、他に先んじて差押えなければ物上代位権の効力が認められないとはしていないこと等を考慮すれば、物上代位権に基づく差押がされる限り、他の債権者による差押との先後を問わず、原担保権の優先的効力と同等の物上代位権を主張しうるものと解すべきである。特に本件のように、親株の価値の強制的分割の所産というべき新株に関する代位権行使にして、原告の差押手続に先んじなければその効力が保有出来ないものとすれば、私権に基づく被告の差押手続は、徴税の必要上自力執行権を有する原告のなす差押手続に時間的に対抗することのできないことは明らかであつて、かかる実現不可能の差押手続を担保権者に要求することは衡平の原則上到底認めがたい。

(四) 右に述べたとおり、いずれにしても被告は、本件新株無償交付請求権等に対する物上代位権の行使を原告に対抗することができ、右請求権に対する質権を主張しうるものである。

三  利益配当請求権に対する被告の質権

被告は、本件の各利益配当請求権についても原告に対抗しうる質権を有し、かつ本件供託にかかる配当金の還付請求権を有するものである。

1(一)  略式質の効力が利益配当請求権に及ぶ旨の明文の規定はないが、元来、質権の効力は果実に及ぶものであり(民法三五〇条、二九七条)、利益配当金は株式の持つ全価値の一部が実現したものにほかならないから、果実に準じて略式質の物上代位性が認められるものである。登録質の効力が利益配当金に及ぶ旨の商法二〇九条の規定は、質権一般に関する右の効力を登録質において確認明記したものと解すべきである。

したがつて、略式質権者は民法三〇四条に従い、払渡前に利益配当請求権を差押えることにより物上代位権を行使しうるものであり、右差押は仮差押をもつて足りること、差押により他の債権者による差押との先後を問わず原担保権の優先的効力と同等の物上代位権を主張しうるものと解すべきことは、既に主張したとおりである。

(二)  しかして、被告は物上代位権の行使として本件利益配当請求権を仮差押したから、被告の親株に対する質権の設定が国税債権の法定納期限等以前である以上、被告は物上代位権の行使をもつて原告に対抗することができる。

したがつて、被告は、質権者として他に優先して利益配当金の交付を請求しうるものであるから、本件供託にかかる配当金は被告に帰属するものである。

2(一)  仮に右主張が認められないとしても、親株に対する質権の設定につき会社から承認を受けた質権については、既に述べたとおり、質権設定当時、右株式につき将来発生すべき利益配当請求権に対し包括して債権質を設定すべきことを会社が承認したものであり、質権者は右質権の実行として会社に対し直接利益配当金の交付を請求しうるものと解すべきである(大審院昭和一三年四月一四日判決・民集一七巻八号七〇三頁参照)。

(二)  被告は、前記のとおり昭和四九年二月二一日殖産住宅から確定日付ある書面で親株に対する質権設定につき承認を受けているから、本件利益配当請求権の上に当然に債権質を取得したものであるところ、原告の各差押はこれに遅れるから、被告は利益配当請求権上の債権質をもつて原告に対抗しうるものである。

以上のとおり、被告は、本件新株無償交付請求権等並びに利益配当請求権につき原告に対抗しうる質権を有するものであり、本件供託にかかる株券並びに供託金の還付請求権を有するものである。

四  次に原告は、略式質をもつて株券質である旨主張するが、右主張は次に述べるとおり失当である。

1  株式の本質は、これを株式会社の株主たる地位か、又は株主権という一箇の権利とみるのが通説であり、かかる地位或いは権利がそれ自体として財産的価値を有する法律関係であり、しかもその地位ないし権利は譲渡可能にして、かつ、換価可能のものであるから、担保の目的となり得るものであり、その上に成立する質権は権利質の性質を有することとなる。かかる株式質に略式質と登録質の二つの類型が存するのであり、原告主張の株券質は、せいぜい立法論として意義を有するにすぎない。

2  商法は、二〇七条において株式質に関しその成立要件(株券の交付)と第三者対抗要件(株券の占有の継続)を規定し、二〇九条において、二〇七条を前提として登録質という制度を採用したが、質権の登録は新たな権利を付与するものではなく、会社との関係で質権者としての資格を付与される効果をもつにすぎない。しかして、かかる制度を導入するに至つた理由は、株式は元来集団的に発行せられ、かつこれに対する質権も多数存在することとなり、会社に対し質権の個々的場合につき、その実質的関係にまで深く立入り調査すべきことを求めるのは、実際上不能を強いるに近いから、会社のため登録によつて、実質的権利と関係なくこれに資格付与力を認めて、簡易迅速な処理を可能とする必要があつたが故である。したがつて、登録には会社に対し権利者としての推定力と、その者に対する給付によつて、実質的権利者からの追及から免責されるという効果があるにすぎず、登録によつて二〇七条に規定する以外の新たな質権が認められるものではない。会社は、登録にかかわらず実質的権利者であることを立証して、その者に給付をなし、あるいは実質的権利者であることを証明した略式質権者に対し、その給付をなす自由が保留されているのである。

3  略式質が株式質である以上、登録質と同様に株主たる地位を財産的価値として把握するものである。

したがつて、原告が略式質の把握する交換価値を単に証券取引における株価としてのみ論じていることは誤りであり、また株主たる地位の持つ財産的価値の一部実現である利益配当請求権に対し略式質の効力が及ばないとすることも理由がない。

五  更に原告は、新株交付請求権等に対する質権の効力と差押にかかる国税の効力との優劣は差押にかかる国税の法定納期限等と物上代位のための差押の時の前後によつて決すべきものと主張する。

しかし、右主張は物上代位のための差押を公示方法であると解する点において既に失当であるのみならず、国税の法定納期限等は、常に物上代位に基づく差押の時よりも先行するから、原告の主張によれば物上代位権が認められる余地がなくなり、略式質にも適用される商法二〇八条を無視するものであつて到底採用さるべきものではない。

第七原告の法律上の主張

一  被告の主張一の1、2項は認めるが、3、4項は争う。

その余の被告の主張は全部争う。

二1  被告は、新株の無償発行は親株の価値の強制的分割であり、一株あたりの交換価値は減少することになるとして、親株の質権者は質物の価値を故なく減少せしめられるいわれはないから、価値減少の所産である新株無償交付請求権等に対して当然に親株と同等の効力の法定債権質を有するものであり、右債権質の実行として直接会社に対し新株等の交付を請求しうるものである旨主張するが、右主張は次に述べるとおり失当である。

すなわち、株式質の本質について、従来の通説に従えば、株式は株式会社の社員すなわち株主たる地位と解され、かかる地位自体が財産的価値を有する法律関係として譲渡・換価が可能であるから、それを財産権に準ずるものとして株式の上に成立する質権には権利質が認められるのであつて、株式の質入れとは「株主たる地位」の質入れであるとしている。

ところで、近時のように資本主義の高度の発展は、財産の債権化、権利の証券化の現象を招来し、有価証券制度の急速の発達をみた。そして株券についてもその有価証券制が確立し、株式の質入れが有価証券たる株券の質入れ-有価証券質としての面を明確にしてきていることは、既に商法学者によつて指摘されているところであり、いわゆる「株券」の質入れも広く株式の質入れの中に包含されるものと考えられるのである。すなわち、株式は有価証券たる株券に表象化体され、経済上株式から独立して株券それ自体が一個の商品としての価値を有しつつ取引の目的となり輾転流通する面をも有し、そこでは、社団法上の関係を離れた有価証券としての株券の交換価値が質権の目的となつているのである。

換言すれば、株式の本質を株主たる地位と解するならば、株式の質入れとは、前述したとおり、まず、株主たる地位の質入れと考えられるが、他面において、株券はそれ自体の交換価値に基づき株主たる地位と離れて輾転する点で、株式の質入れが株券の質入れとしての一面をも有することを否定すべきではなく、結局株式の質入れには株主たる地位の質入れと株券の質入れとの二つの類型が存するのである。そして、株式質入れが株券の質入れと株主たる地位の質入れに分離するものとすれば、現行法上、その設定が会社と無関係になされる略式質は株券の質入れに、登録質は株主たる地位の質入れに対応するものと考えられる。けだし、略式質をも株主たる地位の質入れと解すると、会社に対する資格なき株主たる地位の質入れとなり、会社に対して全く何らの対抗要件を具備しない質権者が配当請求その他の社団法上の権利を行使することが可能となる結果、会社側からみても堪え難い結果を招来するからである。

略式質は、右に述べたとおり有価証券たる株券の質入れであるから、質権者の把握する質物の交換価値とは証券取引における株価を指称するものである。しかして、一般に株価は会社財産の内容を反映することはもちろんであるが、それのみでなく企業の業績、収益力、株式の仕手株性及び株式市場における人気化等によつて絶えず変動するものである。

準備金の資本組入れに伴う増資は、準備金を保有する業績良好の企業が右準備金を正規の資本に組入れるため行うものである。しかして、表見的には会社財産の変動はないにしても、資本の組入れ(又は資本の欠損の填補)以外にはその取りくずしを禁じられている準備金が増資新株の担保となるのであつて、企業が好業績をあげ、収益力が増大することによつて従来の会社財産が増加し、その増加部分について資本準備金を取りくずすことによつて増資新株を発行するものであり、単純な株式分割とは異なるのである。したがつて、必ずしも増資によつて一株当たりの株式価値が減少するものではない。このことは、株価の変動においても如実に反映されているのである。すなわち、会社の業績、収益力の良否並びに増資の噂によつて株価は新株発行時をピークとして急上昇し、新株発行によりいつたん下落した後漸次株価を回復し増資前に近い株価を維持するのが通常である。してみれば、増資新株の無償発行により一株あたりの価値が減少するとする被告の主張は理由がない。

のみならず、略式質権者が自ら差押えることなく、当然に新株無償交付請求権等に質権を有するとすることは、登録質と略式質の差異を無視するものであつて、民法三〇四条が物上代位権の行使に差押を要件とした明文にも反する。

2  また被告は、親株に対する質権設定につき殖産住宅の承認を受けているから、登録質と同様新株無償交付請求権等につき当然に質権を有し、直接会社に対し新株等の交付を請求しうる旨主張するが、右主張もまた失当である。

仮に会社が本件略式質の設定につき承認していたとしても、登録質でない以上、登録質と同様の効果を第三者である差押権者の原告に主張し得るものではない。けだし、略式質もまた物権である以上、その内容は法律で定められたものに限られ、当事者が自由に法定された物権に異なつた内容をもり込むことは許されないからである。

3  更に被告は、国税徴収法五三条二項を根拠に、本件の新株無償交付請求権等に対する原告の差押が右請求権に対する被告の質権を承認したうえなされた旨主張し、また被告が右請求権に対し仮差押をしたことをもつて、原告の差押との先後を問わず物上代位権を保全したものである旨主張するが、右主張はいずれも失当である。

(一) 国税徴収法五三条一項は、損害保険に附され、又は共済の目的となつている財産を差押えた場合には、その差押の効力は、保険金又は共済金の支払いを受ける権利に及ぶことを規定したものであり、同条二項は、一項を前提とし、その財産上に抵当権等の担保物権があつた場合には、これら担保物権者の権利を保護するために、民法三〇四条ただし書の規定の適用については、一項の差押をもつて、これらの担保物権者の物上代位に基づく差押をしたものとみなす旨規定したものである。

しかして、一項の差押の効力は、保険金又は共済金の支払いを受ける権利に限つて及び、その他の差押財産の代替物についての請求権には及ばないのであるから、一項を前提とする二項の適用についても、右の保険金又は共済金の支払いを受ける権利に限つて、一項の差押をもつて、これらの担保物権者の物上代位のために差押をしたものとみなされるのにすぎず、本件のように、略式質に基づく差押については、国税徴収法五三条二項の適用はない。

(二) 被告は、担保物権の特質として目的物の交換価値の把握という価値権的側面を強調し、物上代位権は目的物の交換価値が現実化した際にこれに及ぶ当然の効力であるとし、差押は単に目的物を特定するためであり、物上代位権の公示は原担保権の公示をもつて足りる旨主張する。

しかし、判例の主流は担保物権の物権的側面を重視して、物上代位権を担保権者に与えられた特権であるとし、その要件である差押をもつて物上代位権の公示方法であると解するものであり、したがつて、差押は担保物権者自らなすことを要し、他の債権者が物上代位の目的物に権利行使した際にはその先後によつて両者の優劣を決すべきものとしている(大審院大正一二年四月七日判決・民集二巻五号二〇九頁、同昭和五年九月二三日判決・民集九巻一一号九一八頁、福岡高裁宮崎支部昭和三二年八月三〇日判決・下民集八巻八号一六一九頁等参照)。

また外国の立法例についてみるに、ドイツ民法においては、抵当権について、わが国よりもはるかに徹底した価値権的構成をとつているにもかかわらず、物上代位が適用される代位物の範囲はかなり制限的・限定的であり、賃料請求権、保険金請求権及び公用徴収に基づく補償金請求権についてのみこれを認めているにすぎない。スイス民法も、賃料請求権、保険金請求権及び土地併合に基づく賠償金に限定している。更に、フランス民法に至つては、物上代位の規定すらなく、特別法(保険契約法・公用徴収法)において初めて認められているにすぎない。

担保物権が目的物の価値変形物の上に当然に及ぶものならば、その典型である目的物の売却代金について当然に物上代位が認められて然るべきであるが、これについては認められず、かえつて、保険金のように保険料支払いの対価たる性格を有するものに物上代位を認めていることからみても、物上代位権が担保物権の価値権的性格からの当然の効力であるという論理が必然的なものといえない。

これに反し、わが国の民法の代位物の範囲は、他に類例をみないほど広範囲にわたつている。しかも、物上代位を認めた担保物権の種類も諸外国に比較して多い。ドイツ民法・スイス民法は抵当権にのみ物件代位を認めているにすぎず、フランス民法に至つては物上代位を認めた担保物権は存在しないのである。しかるにわが民法は抵当権のみでなく、先取特権・質権にもこれを認めている。しかも、これらの担保物権は価値権として同一のものではなく、先取特権は価値権というよりは特定の債権の保護を目的としたもので、債権者平等の原則を破る性格が強く、また、質権は目的物の交換価値を支配するとはいえ、極端に占有と結合した物権である。したがつて、このことからも担保物権→価値権→物上代位という論理は一義的に適用しえないものといえよう。

思うに、物上代位に基づく差押をどのように把握すべきかは、物上代位の性格を担保物権の物権的側面を重視するか、又は価値権的側面を重視すべきかという問題に帰着するのであるが、今日のように、物上代位の範囲が本来的なものを超えて広く認められ、しかも、わが国のように、代位物の範囲が他に類例をみないほど広範囲にわたり、かつ、担保物権の種類も先取特権のように目的物の有する交換価値を排他的に把握するという作用を有せず、もつぱら、特定の債権の保護を目的とし、債権者平等の原則に対する制限として構成されている物権に至るまで、物上代位が認められている法制のもとでは、明文の規定(たとえば国税徴収法五三条)なしに、物上代位が当然に適用になると解することはできない。民法三〇四条の規定は、物的信用保護の要請から生まれた担保権者の特権的保護というほかはなく、したがつて、差押は右の特権を援用する手段として自ら他に先んじて行わなければならないと理解すべきである。また、差押は直接公示を目的とするものではないが、同時に公示の作用を営むものであり、かつ、代位物に代位権が当然に及ぶとは解されないから、担保権者が自ら差押える前に他の一般債権者が代位物たる請求権を差押えた場合には、その後において物上代位権者が差押をしても、もはや物上代位権者としての優先権を主張する余地はなくなるものというべきである。

価値権説は、担保権者以外の債権者による差押も民法三〇四条にいう差押であるとするが、支払われるまでは目的債権は常に特定性を失うものではないし、差押によつて他人の優先権を保全するというのも奇異であり、論理が一貫しない。

また、観点を変えて、物上代位に基づく、差押の意義を機能的側面から検討した場合、担保権者を保護すべきか、第三者の取引安全を保護すべきかが主たる問題となる。しかるときは、今日のように経済生活が発展し、取引が複雑化した時代においては、第三者の取引の安全を重視すべきであつて、そのためには、差押を公示手段と解すべきである(大正一二年四月七日の大審院の判例理論が学説の反対にもかかわらず、今日なお維持されているのも、担保物権の本質と第三者の取引の安全を重視したからにほかならないのである)。もつとも、かく解するときには担保権者に不利であるという批判がなされようが、現行法上はやむをえないものであり、担保権者の保護のために、請求権の上に物上代位が当然に効力を及ぼすとするには、諸外国の如く、それなりの明文の規定を必要とすると解すべきである。

(三) ところで、略式質は株券の交付によつて成立し、これを第三者に対抗するためには継続して株券を占有することを必要とする。すなわち、略式質は債権者がその債権の担保として債務者又は第三者から受取つた株券を債務の弁済あるまで留置して債務の弁済を間接的に強制するところにその本質を有し、株券の占有により質権の存在を公示するものである。このように、略式質は、設定者から目的物の占有を奪いこれに心理的圧迫を加えて間接にその弁済を促すことをもつて担保の目的を達する担保物権であつて、占有と結合した物権であるから、新株の発行により物としての法的取扱いが変更し、未だ略式質権者が新株について占有を取得していない間に、当然に親株についての質権の効力が及ぶとすることは不可能である。またこれを認めるときは第三者に対する不測の損害を与え、著しく取引の安全を害することとなる。よつて、被告の物上代位に基づく差押(公示)の時をもつてはじめて被告の権利を認めることとすべきである。

したがつて、被告の物上代位に基づく差押の時と原告の差押にかかる国税の法定納期限等の先後によつてその優劣を決すべきである。けだし、国税徴収法は租税と担保権の優劣を定める時期として法定納期限等を基準とし、その先後によるものとしており、近代法の公示の原則が右の法定期限等において適用されているからである。

してみると、原告の差押にかかる国税の法定納期限等は別表一記載のとおりであるところ、被告が物上代位に基づく仮差押をした日は、いずれも法定納期限の後であるから、被告は本件の新株無償交付請求権等につき原告に対抗しうる物上代位権を有するものとはいえない。

4  被告は、本件の利益配当請求権に対しても略式質に基づく物上代位の効力が及ぶ旨主張するが、略式質の効力は利益配当請求権に及ぶものではないと解すべきである。

けだし、略式質の場合には前記のとおり有価証券として財産的価値のある株式自体を担保の目的とするものであり、質権の設定も会社とは無関係になされるものであるから、社団法上の権利である利息又は利益の配当請求権には質権の効力が及ぶものではない。このことは、商法二〇九条が会社に対して利益配当を請求しうる質権として登録質制度を特別に定めていることからも明らかである。

会社の承認があつても、略式質に右と異なる効力を与えることができないと解すべきことは既に述べたところである。

第八証拠〈省略〉

理由

一  原告の租税債権

成立に争いのない甲第三号証並びに弁論の全趣旨によれば昭和四八年七月二日、目黒税務署長が訴外東郷民安の昭和四七年分所得税につき保全差押金額三七億二七四〇万二〇〇〇円の決定をなし、その徴収の権限を東京国税局長に引継いだこと、同年一〇月五日、同税務署長が東郷の昭和四五年ないし四七年分所得税につき原告主張のような更正処分並びに加算税賦課決定を行い、その納期限を同日午後三時に繰上げ納付の請求をしたうえ、前同様徴収の権限を東京国税局長に引継ぎ、同国税局長は昭和四七年分所得税本税のうち、合計金四億八三〇四万二一六五円を徴収したこと、同年六月一五日ころ、同税務署長が東郷に対し、昭和四八年分所得税予定納税基準額並びに第一、二期分において納付すべき予定納税額(各金二二七万一七〇〇円)を通知して、それぞれ徴収権限を東京国税局長に引継いだことを認めることができる。

右認定の事実によれば、原告(所管庁・東京国税局長)が東郷に対し、昭和四九年二月二三日現在で別表一記載の租税債権を有し、右租税にかかる国税徴収法一五条所定の法定納期限等は同表記載のとおりであることが認められる。

二  被告の略式質

弁論の全趣旨並びにこれにより成立を認めうる乙第二号証の一ないし三によれば、被告が東郷に対し金三九億一三〇〇万円を貸付け、右貸付金の担保として昭和四八年二月二八日から同年六月一一日までの間、五回にわたり、同人所有の殖産住宅の株式四七三万二三七一株(別表二No. 1ないし126 記載の三一四万五三五七株を含む)につき、いわゆる略式質の設定を受け、株券の交付を受けて占有していたことは当事者間に争いがない。

三  原告の差押、被告の仮差押との競合

1  次の事実は当事者間に争いがない。

(一)  原告は、昭和四八年七月一一日から同年一一月一九日までの間、前記租税徴収のため東郷に対する滞納処分として、右質権の目的となつている株式を含む別表二記載の全株式三四四万六四六六株を差押えた。

(二)  昭和四九年二月一五日、殖産住宅は取締役会において、準備金の一部を資本に組入れ、同年三月三一日現在の株主に対し、一株につき〇・三株の割合により新株を無償で割当交付する旨の決議をしたので、東郷は右株主として割当てられた新株無償交付請求権及び端株分配金請求権を取得した。

そこで原告は、同年二月二六日前記租税徴収のため滞納処分として、右新株無償交付請求権及び端株分配金請求権を差押え、同日、第三債務者である殖産住宅に対し債権差押通知書を送達した。

他方、被告は、同年三月一二日前記質権に基づく物上代位権の行使として、別表二No. 1ないし126 記載の三一四万五三五七株にかかる新株無償交付請求権及び端株分配金請求権を仮差押した。

割当日である同年三月三一日の経過により、東郷が割当交付を受ける無償新株は一〇三万三九三九株、端株分配金は四七二円と確定した。殖産住宅は原告に対し、被告の質権の対象外である同表No. 127 ないし252 記載の株式三〇万一一〇九株にかかる新株九万〇三三二株を引渡し、略式質の対象にかかる分別紙第一物件目録記載の新株九四万三六〇七株及び端株分配金四七二円につき、同年九月一七日債権者を確知しえないことを理由に被供託者を東京国税局又は被告として供託した(東京法務局昭和四九年度証第七九一号、同年度金第八六五一四号)。

(三)  さらに昭和五〇年二月二四日、殖産住宅は取締役会において、準備金の一部を資本に組入れ、同年三月三一日現在の株主に対し、一株につき〇・二株の割合により新株を無償で割当交付する旨の決議をしたので、東郷は別表二記載の株式及び前期割当にかかる新株一〇三万三九三九株の株主として、新株無償交付請求権を取得した。

そこで原告は、同年四月一日、前同様東郷に対する滞納処分として、右新株無償交付請求権を差押え、同日、第三債務者である殖産住宅に対し債権差押通知書を送達した。

被告は、同年二月一九日、前記質権に基づく物上代位権の行使として、質権の対象になつている三一四万五三五七株と前記供託にかかる九四万三六〇七株合計四〇八万八九六四株につき、東郷の新株無償交付請求権を仮差押した。

割当日である同年三月三一日の経過により同人が割当交付を受ける無償新株は八九万六〇八一株と確定したが、殖産住宅は原告に対し、被告の略式質の対象外である合計三九万一四四一株にかかる無償新株七万八二八八株を引渡し、被告の質権の目的となつている分合計四〇八万八九六四株にかかる別紙第二物件目録記載の新株八一万七七九三株につき、同年八月一九日、債権者を確知しえないことを理由に被供託者を東京国税局又は被告として供託した(東京法務局昭和五〇年度証第五五七号)。

(四)  また原告は、昭和四九年二月二三日東郷に対する滞納処分として、別表二記載の株式につき、同人が有する殖産住宅第三〇期ないし第三二期の確定前の利益配当請求権を差押え、同日債権差押通知書を同社に送達した。

被告は、これよりさき同年二月一八日、東郷から別表二No. 1ないし 40 記載の二八五万二八五七株にかかる確定前の第三〇期、第三一期の利益配当請求権を譲受けていた。更に被告は、同年三月一二日前記略式質に基づく物上代位権の行使として、同表No. 41 ないし 126 記載の二九万二五〇〇株にかかる同人の有する確定前の利益配当請求権を仮差押した。

同年五月二八日、殖産住宅は株主総会の決議により別表二記載の株式につき、東郷が受ける第三〇期利益配当金を金六〇三一万三一五四円と確定し、被告に対し、前記債権譲渡にかかる配当金四二四三万六二四八円(源泉徴収所得税控除後の金額、以下同じ)を支払い、原告に対しては、被告の略式質の対象外である同表二No. 127 ないし252 記載の三〇万一一〇九株分の配当金四四七万八九九六円を支払い、同表二No. 41 ないし 126 記載の二九万二五〇〇株分の配当金四三五万〇九三八円につき、同年九月一七日前同様、被供託者を東京国税局又は被告として供託した(東京法務局昭和四九年度金第八六五一四号)。

(五)  さらに被告は、昭和五〇年二月一九日、前記略式質に基づく物上代位権の行使として、同表二No. 41 ないし 126 記載の二九万二五〇〇株と供託にかかる新株九四万三六〇七株合計一二三万六一〇七株につき、東郷の有する確定前の第三一期利益配当請求権を仮差押した。

同年五月二八日、殖産住宅は株主総会の決議により、同表二記載の株式及び昭和四九年に割当を受けた新株につき、同人の受ける第三一期利益配当金を金四七六〇万四三〇四円と確定したが、被告に対し、債権譲渡にかかる二八五万二八五七株分の配当金三〇三一万一六〇六円を支払い、原告に対しては、被告の略式質の対象外である合計三九万一四四一株分の配当金四一五万九〇六一円を支払つたうえ、同表No. 41 ないし 126 記載の二九万二五〇〇株と供託にかかる昭和四九年割当の新株九四万三六〇七株合計一二三万六一〇七株分の配当金一三一三万三六三七円は、前同様これを供託した(東京法務局昭和五〇年度金第六四九二四号)。

2  ところで被告は、原告の東郷に対する昭和四七年分所得税課税処分につき、課税職員が調査を怠つたため課税対象取引ないし課税所得の認定に誤りがあり、右課税処分及びこれに基づく原告の各差押処分には重大かつ明白な違法があつて無効である旨主張するので、まずこの点について判断する。

成立に争いのない乙第六号証によれば、東京地方裁判所は、訴外東郷に対する所得税法違反被告事件の第一審において、同人の昭和四七年分所得の申告逋脱の訴因につき、大略被告主張のような事実を認定して、同人に無罪の判決を言渡したことが認められるが、検察官の控訴により、現に控訴審において審理中であることは当裁判所に顕著な事実である。したがつて、右刑事第一審の判決のなされた事実をもつて、直ちに、原告の東郷に対する課税処分ないし差押処分に重大かつ明白な瑕疵があつたものとは断定できないし、他に右差押処分が無効であることを証するに足る資料はない。

したがつて、被告の右主張は失当であつて、採用できない。

四  以上のような国税滞納処分と物上代位権の差押競合の事実関係を前提に、本件各請求権の帰属について判断する。

1  新株無償交付請求権及び端株分配金請求権に対する権利関係

(一)  被告は、準備金の資本組入に伴う新株の無償発行は実質上会社による強制的な株式分割であり、親株上の質権は価値分割の所産である無償新株及び端株分配金に当然その効力が及ぶから、略式質権者といえども差押等の法律上の手続を要せずして、質権設定者の有する新株無償交付請求権等の上に、親株に対する質権と同等の優先的効力を有する法定債権質を取得する旨主張する。

しかして、成立に争いのない乙第五号証の一、二によると、準備金の資本組入により発行せられる無償新株の株価に及ぼす経済的影響を、殖産株の株価推移一覧表についてしらべるに、昭和四八年ないし五〇年の各三月末日現在の株主に対し、準備金の一部資本組入に伴い無償新株が発行されることになつた結果、いずれもその基準日の四取引日以前の日からいわゆる権利落により株価が下落していることが認められる。

しかし、後記説示のとおり担保物権の性質上、親株に対する質権の効力がその代表物である右各請求権に及ぶものであるとしても、商法第二〇八条、二〇九条、民法三〇四条、三五〇条の各規定を総合して考えれば、略式質権者が右物上代位の効果を会社又は他の債権者に主張するためには、民法三〇四条の規定に基づいて質権設定者の有する新株無償交付請求権等を差押える必要があるものと解すべきであるから、被告の右主張は採用できない(なお、原告は、被告の略式質はいわゆる株券の質入である旨主張しているが、株券の質入-単に質物たる当該株券の交換価値のみを担保の目的とするもの-は、いわゆる講学上の概念としてはありうるが、これについては特段の合意を必要とするところ、本件においては右のような合意を認める証拠はない)。

(二)  さらに被告は、国税徴収法五三条二項の類推適用により、新株無償交付請求権等に対する原告の差押は、右請求権の上に被告の質権が及ぶことを承認したうえでなされたものと解すべきである旨主張するので、この点につき検討を加える。

国税徴収法五三条の規定は、一項において損害保険に附され又は共済の目的となつている財産に対する差押の効力が、保険金又は共済金の支払いを受ける権利に及ぶことを定めたうえ、二項において右財産が抵当権等担保物権の目的となつていた場合には物上代位の規定の適用について、担保権者が保険金又は共済金の支払いを受ける権利をその支払前に差押えたものとみなす旨定めて、租税の徴収に優先的地位を確保し、同時にこれらの担保権者の権利を確保する趣旨で特に規定を設けたものであるから、同条は保険に附されている財産のみを対象としたものと限定的に解すべきである。したがつて、右規定のように差押の効力が当該差押財産の代位物に当然に及ぶ旨の規定がある場合は格別、かかる規定のない本件のような場合にまで同条二項の類推適用を認むべき理由は存しない。

よつて、被告の右主張もまた失当であつて排斥を免れない。

(三)  次に被告は、担保権者は物上代位に基づく差押をすることにより他の債権者による差押との先後を問わず、原担保権の優先的効力と同等の効力を有する物上代位権をもつて対抗しうる旨主張するので、この点について検討する。

(1)  担保物権は、債権の担保を目的とする物権であつて、目的物の利用価値を目的とする用益物権とは異なり、専らその有する交換価値を把握し、これを優先弁済に充てる権利であるから、目的物の交換価値の全部又は一部が現実化したとき、その効力が右価値代表物(代位物)に及ぶのは担保物権の特質上むしろ当然のことである。担保物権の有する物上代位の性質は、かかる物権の本質的な効力であり、担保物権の保護のため法が特に認めた特別の効力であると解することはできない。

(2)  そうであるとすれば、物上代位権は原担保権と切離された別個の権利ではなく、むしろ原担保権が変形したものというべきであり、その公示は原担保権の公示方法をもつて足りるものと解すべく、物上代位権行使の要件とされる差押をもつて、優先権を保全するための公示であるとは解されない。むしろ、差押は、物上代位の目的物が担保権設定者に弁済されてその一般財産に混入し、処分されることを阻止し、代位目的物の特定性を維持確保するために必要とされるものと解するを相当とする。したがつて、右差押は債務名義を必要とせず仮差押をもつて足り、また、原担保権者は自ら差押をする限り、他の債権者による差押との先後を問わず、物上代位の目的物につき原担保権と同等の優先的効力を取得するものと解するを相当とする。

(3)  原告は、諸外国の立法例を引用し、担保物権の価値権的性格から直ちに物上代位を担保物権の本質的効力であるとすることはできない旨抗争するが、右主張は諸外国と異なり必ずしも規定の整備されていないわが国の物上代位制度の解釈上、直ちに賛成できない。また原告は、物上代位における差押を公示方法と解することが取引の安全を保護する所以である旨主張するけれども、原担保権の公示方法によつて物上代位権の存在を知ることが可能であり、第三者に不測の損害を与えるおそれはないから、物上代位の差押を強いて公示方法と解さなくとも、取引の安全が害されることはない。

(4)  ところで、略式質の効力が、準備金の資本組入により発行される無償新株の交付請求権に対して及ぶことは、商法二〇八条、二九三条の三第二項の規定上明らかである。端株分配金請求権については、格別の規定は存しないが、元来、端株分配金は無償新株に準ずべきものにほかならないから、略式質の効力が新株無償交付請求権に及ぶ以上、端株分配金請求権に対しても当然に及ぶものと解すべきである。

(5)  そこで、前示認定の事実関係に徴すれば、被告が訴外東郷から別表二No. 1ないし126 記載の三一四万五三五七株(親株)につき略式質の設定を受けてその占有を取得したのは、昭和四八年二月二八日ないし同年六月一一日であり、他方、原告の差押にかかる租税債権の法定納期限等は、昭和四八年七月二日ないし一〇月五日であるから、被告は略式質の設定につき原告に対抗しうるところ、被告は昭和四九年三月一二日、昭和五〇年二月一九日略式質に基づく物上代位権の行使として本件各新株無償交付請求権及び端株分配金請求権を仮差押したのであるから、原告の滞納処分による差押との先後を問わず、右請求権に対する質権の効力を原告に対抗しうるものと解するを相当とする。

2  利益配当請求権に対する権利関係

次に略式質の効力が利益配当請求権に及ぶか否かについて検討する。

(一)  被告は、略式質であつてもその効力は果実に及ぶから果実に準じて利益配当金にも質権の効力が及ぶ旨主張する。

しかし、利益配当金の法的性質が株式の果実に準ずるものであるとしても、利益配当請求権に対する略式質の効力を制限することも立法政策上もとより可能である。商法二〇八条は略式質及び登録質について、その効力の及ぶ範囲を定めているが、配当金については右規定に含まれず、同法二〇九条の登録質の効力が及ぶ範囲に明定されているところで、登録質の制度は、昭和一三年の商法改正により新設されたものであり、同法二〇九条の規定は、当時一般に行われていた株式の質入が会社においてこれを知ることができず、また、その効力は当然に配当金等に及ばないものと解されていたので、従来の株式質(いわゆる略式質)とは別に、質入の事実を株主名簿に登載する方法を是認し、その質権の効力が当然に配当金等に及ぶものとするため登録質の制度が新設されて右の規定が設けられたことが窺われる。してみると、商法は配当金に対し効力の及ぶ質権を登録質のみとし、会社とは無関係に設定される略式質についてはその効力を及ぼさせない趣旨と解するを相当とする(現行法の下でも略式質につき利益配当請求権を肯定する有力な学説があるが、当裁判所はこれには同意できない)。

さればこそ、被告は、本件質権の目的になつている株式のうち別表二No. 1ないし 40 記載の二八五万二八五七株にかかる確定前の第三〇期、第三一期の利益配当請求権を昭和四九年二月一八日東郷から譲受け、その旨同日、殖産住宅に債権譲渡の通知をしているのである(この点は当事者間に争いがない)。また、成立に争いのない乙第四号証の一ないし六(当裁判所の調査嘱託に対する回答書)によれば、株式会社第一勧業銀行、三菱銀行、住友銀行、富士銀行、三和銀行及び東海銀行の各銀行とも概ね株式を担保として提供させる場合は、通常略式質の方法によつており、配当金等については銀行の請求次第債務者においてこれを差出す旨担保差入証に約定があるほか、特にこれを確保する方法を執つていないことが認められる。また、成立に争いのない甲第二号証、乙第三号証の一ないし五によれば、殖産住宅の定款では、毎決算期末現在の株主名簿記載の登録質権者にのみ株主配当金を支払う旨定めて、株主名簿の記載に従い画一的に処理していること、被告銀行が東郷から徴取した担保差入証の約定も右都市銀行六行の約定とほぼ同趣旨であつて担保品の配当、利息その他これに準ずべき法定果実は銀行の請求によつて債務の内入金とすることを承諾する旨の約定があるにすぎない。

してみると、現在わが国において株式担保金融を行う銀行は、株式を略式質の方法により質権の目的物とする場合、利益配当請求権は依然として株主に留保せしめ、銀行は利益配当金等は質権の把握する目的の範囲外とし、これには関知しないのが取引慣行であり、質権設定についての当事者の意思であることが推知できる。

したがつて、現行法上、略式質については利益配当請求権にその効力が及ばないと解するのが、実定法上はもとより銀行取引の慣行及び質権設定当事者の意思にそつているものといえる。

(二)  ところで被告は、株式に対する質権の設定につき会社から承認を受けている場合には、右設定当時、将来発生すべき利益配当請求権に対し包括的に債権質を設定することを会社が承認したものであり、質権者は右債権質の実行方法として、会社に対し、直接配当金の交付を請求できるものであるところ、被告は昭和四九年一一月二一日殖産住宅から略式質の設定につき承認を受けている旨主張するので、この点につき判断する。

被告が殖産住宅から右のような承認を受けていたか否かの点は暫く措き、仮にこれを受けていたとしても、前記のとおり現行法上、利益配当請求権に対し効力を及ぼすべき質権として登録質の制度が認められる以上、商法二〇九条の規定により質権設定を株主名簿にまず登録することを要するものと解すべく、略式質権者と会社との合意又は会社の承認によつて、略式質に登録質と同様の効果を付与することは登録質制度を設けた法律の趣旨、目的及び殖産住宅の定款にも反して許されないと解するを相当とする(被告挙示の判例は、登録質制度が新設される以前の事例に関するものであり、本件に適切ではない)。

したがつて、被告の右主張も亦失当であつて採用できない。

3  よつて、その余の点につき判断するまでもなく、被告が本件新株無償交付請求権及び端株分配金請求権につき原告の国税に優先する質権を有することは明らかであるが、本件利益配当請求権についても質権を有する旨の被告の主張は理由がない。

五  本件供託株券及び供託金の還付請求権の帰属

次に殖産住宅が供託した本件供託株券(新株)及び供託金の還付請求権の帰属について判断する。

1  供託にかかる株券及び端株分配金の還付請求権

(一)  前記のとおり、原告が国税徴収法に基づく滞納処分として、昭和四九年二月二六日東郷の殖産住宅に対する新株無償交付請求権等を差押え、さらに昭和五〇年四月一日前同様同人の右会社に対する同年割当にかかる新株無償交付請求権を差押えたところ、原告の各差押に前後して、被告が物上代位権に基づき右請求権を仮差押したため、殖産住宅は債権者を確知しえないとの理由で被供託者を原告(東京国税局)又は被告とし、差押の競合した無償新株(別紙第一、第二物件目録記載の株式)及び端株分配金四七二円を供託したことは、当事者間に争いがない。

ところで、被告は右請求権に対する質権者として、その目的物を直接取立てる権利を有するものである(民法三六七条参照)が、他方原告もまた、右差押によつて各請求権に対する取立権を取得した(国税徴収法六七条参照)のであるから、原、被告双方の有する取立権のうち、いずれが優先するものと解すべきか問題である。結局、優先する取立権を有するものが本件供託株券及び端株分配金の還付請求権を取得する結果になるものと解するほかない。

(二)  そこで以下原、被告の各取立権相互の関係について考察する。

質権の目的となつている債権に対し民訴法に基づく差押がなされた場合、質権者が右質権をもつて差押債権者に対抗しうるときは、質権は差押又はこれに続く取立命令によつて何ら影響を受けない。質権者は、右取立命令に対し自己の取立権侵害を理由に第三者異議の訴によつてこれを排除することができる。

しかし、国税徴収法に基づく債権の差押により徴税職員が取得した取立権との関係においては右と同一に論ずることはできない。すなわち、同法は、優先質権のある債権を差押えた場合の質権者に対する通知義務、質権者よりする差押換申立、換価代金等の配当に関する各規定を設け、実体法上国税債権に優先する質権の目的となつている財産であつても、これに対し滞納処分による差押、換価、配当の実施が可能であり、質権者がこれを排除することはできない(滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律は、債権に対する執行の競合の場合を除外している)。

してみると、国税徴収法の規定に基づき徴取職員が優先質権のある債権を差押えた場合、右質権者は、滞納処分による差押によつて自己の取立権の行使が制限され、実体法上の優先関係とは別個に、徴税職員が取得した取立権の行使を甘受しなければならない。しかし、徴税職員の取立権は滞納処分手続を続行させる単なる手続的権利に過ぎないから、右取立権の行使によつて、質権と国税債権との実体法上の優先劣後の関係には何らの影響を及ぼすものでなく、優先質権者は、同法一二九条以下の滞納処分による配当手続内において、配当の順位に従い配当の実施を受けて満足を得ることになる結果、優先権は確保されることになり、質権者に格別不利益を与える結果にはならない。

(三)  そうだとすると、本件新株無償交付請求権及び端株分配金請求権については、滞納処分によつてこれを差押えた原告が国税徴収法上取立権を有することになるから、殖産住宅が右請求権の目的物として供託した別紙第一、第二物件目録記載の株式及び供託金(東京法務局昭和四九年度金第八六五一四号のうち金四七二円)の還付請求権についても原告がこれを有するものというべきである。

2  供託にかかる利益配当金の還付請求権

前記のとおり、原告は国税徴収法に基づく滞納処分として、昭和四九年二月二三日東郷が別表二記載の株式につき有する殖産住宅第三〇期、第三一期の各利益配当請求権を差押え、さらに同年一二月五日同人が昭和四九年に割当を受けた新株につき有する第三一期利益配当請求権を差押えしたのであるから、原告は、前同様右各請求権の取立権を有することは明らかである。被告は、原告の差押えに続いて略式質に基づく物上代位権の行使として、右利益配当請求権の一部につき仮差押をなし、これがため殖産住宅は債権者を確知しえないとの理由で、被供託者を原告(東京国税局)又は被告として、第三〇期、第三一期各利益配当金のうち差押の競合した分を供託したのであるが、既に述べたとおり、略式質に基づく物上代位の効力は配当金に及ばないから、被告は右利益配当請求権について何らの権利を有するものではない。

したがつて、殖産住宅が右利益配当請求権の目的物として供託した金銭(東京法務局昭和四九年度金八六五一四号のうち金四三五万九三八円、同法務局昭和五〇年度金第六四九二四号金一三一三万三六三七円)については、原告が還付請求権を有することは明らかである。

六  結論

以上の次第で、本件供託株券及び供託金の還付請求権の確認を求める原告の請求(昭和五〇年(ワ)第六二号事件及び昭和五一年(ワ)第四三二四号事件)は全部理由があり、また被告の請求(昭和五〇年(ワ)第一〇五五八号事件)のうち、本件新株無償交付請求権及び端株分配金請求権に対する質権の確認を求める部分は正当であるが、その余の部分は理由がない。

よつて、原告の本訴請求は全部これを認容し、被告の本訴請求は、別紙請求権目録(一)、(二)記載の各請求権に対する質権の確認を求める限度でこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 土田勇 横山匡輝 石原直樹)

(別紙) 第一物件目録〈省略〉

第二物件目録〈省略〉

請求権目録〈省略〉

別表一・二〈省略〉

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